あなたは恋人をシェアできますか?ヒッピーとの出会い。

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ギリシャからこんにちは!
テント担いで世界一周の@ayatanedです!

 

はじめに

以前、旅中に出会った子にヒッピーみたいでかっこいいですねって言われた事があるんですが、私達ってヒッピーのイメージですか?

私のヒッピーのイメージって、ロン毛でドレッドヘアーで、大麻吸いまくって、お風呂滅多に入らないで、ヒッピー同士で賑わって、音楽大好きで、カップルでイチャイチャして、とりあえず好きな事だけする生活して、ちょいと不潔な人達!
とイメージがあったので、その子にヒッピーと言われた時はショックだったのですが、、、
実際よくよく考えると、75%くらい当てはまってるやーん!(笑)

そこで、相方カナダ人に『うちらってヒッピーなの?』
て聞いたら、『彼らは、誰とでもセックスするんだよ(笑)俺ヒッピー苦手だから、僕たちはヒッピーの枠には入らないと思う』
と彼も否定ぎみだったので、ちょいと調べてみました(笑)

そもそもヒッピーって何?

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アメリカの新しい価値感の転換を象徴した世代は「ヒッピー」

かつてアメリカはキリスト教系の価値感の強い文化を持ち、「男は男らしく、女は女らしく」という保守的な文化しかなかったけれど、時代が変わり、「男らしさ、女らしさ」にこだわらない若者たちが現れるようになりました。

1960年代、アメリカはベトナム戦争を戦っていたが、このベトナム戦争の修羅場はテレビで生々しく報道されるようになり、それを見た若者たちがこのように疑問を持つようになりました。

「どうして我々が見も知らぬアジア人を虐殺しているのか?」

やがて、アメリカ政府が東南アジアの片隅で行っている戦争という名の「虐殺」に反対する若者たちが大学を基点として反対デモや抗議デモを起こすようになり、やがて彼らが「反体制派=ヒッピー」となっていきます。

兎に角彼らのモットーは、「徹底した反体制」だったそうです。

そのため、体制側のすべての文化を破壊することに情熱を注いだ。「男は短髪で男らしくしなければならない」と言われれば、それに反抗して長髪にしました。

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「背広を着ろ」と強制されたら、それに反抗して女性のように中性的な服を着るようになりました。

「一夫一婦制が正しい」と強制されたら、それに反抗してフリーセックスが流行するようになりました。「家族は大切だ」と強制されたら集団生活をするようになりました。

そして「ドラッグを吸うのは馬鹿だ」と頭ごなしに言われたら、ドラッグを吸うようになりました。そうやって、ヒッピー文化は何もかも破壊していったそうです。

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「同性愛は病気だ」というのはこの時代もまだ続いていた概念だったが、それもヒッピー文化の発祥地であるサンフランシスコでは容認されて、後にハーヴェイ・ミルクのような重要な人物を輩出しています。

このように見ていくと分かる通り、アメリカの全てを変えたのは、ヒッピー文化だったのであります。

要するにヒッピーとは、主流文化からのドロップアウトを図り、なによりも自由と愛という人間的な価値を尊重し自分自身のために生きる人達。

また、現代のアメリカのリベラルを語る上で、ヒッピー文化は知らずに通り過ぎることはできない巨大なムーブメントであったと言えます。

自由なセックスという概念が定着したのも、このヒッピー文化からだったが、これは女性にも大きな影響を与えた劇的な文化的転換でした。

女性の性の解放は、紛れもなく1960年後半のヒッピー・ムーブメントから生まれていったのでした。
世界中でこの風潮が煽られ、1970年代以後は「貞操を守るのは古い」という価値の転換が徐々に起きていたようです。

当時の日本は?

ヒッピーブームが最高潮な時代、日本人はアメリカ文化に心酔しており、アメリカは偉大な国で、アメリカは目標であり、アメリカは真似すべき国!と考える人が多かったようです。

アメリカでエルビス・プレスリーが流行したら、日本にもエルビス・プレスリーが大流行しました。
アメリカでグループ・サウンドが流行したら、日本でもグループ・サウンドが流行。

そして、アメリカでヒッピーが生まれ、長髪の若者が時代の最先端を飾るようになると、日本もまた若者たちがみんなアメリカのヒッピー文化を真似るようになりました。

アメリカで反戦フォークが流行ると、もちろん日本でも反戦フォークが流行し、ボブ・ディランの物真似みたいな日本人のシンガーも次々と現れました。

アメリカでベトナム戦争反対運動が湧き上がると、日本人の若者もなぜかベトナム戦争反対運動を日本で起こすように。

気に入れば誰とでも寝る、乱交も問題ない、誰にも縛られないで生きるというのは、まさに反体制の象徴的な行動でした。

やがてコミュニティーは大きくなり、スピリチュアルにこだわったり、なるだけ自給自足で生活するというのがヒッピーとの事です!!

ヒッピーと旅人の比較

主流文化からのドロップアウトを図り、なによりも自由と愛という人間的な価値を尊重し自分自身のために生きる。なるだけ自給自足で生きて生く。
っていう考えは、ヒッピー精神だなぁと自分でも納得です。

でも、反社会的な思想や平和の実現への熱意に満ちているかと言われるとそうでもないし、スピリチュアルな事にも特に興味がないし、誰とでもセックスはしません。(笑)

なので、私達のヒッピー度は35%という結論で!!

ヒッピーとの出会い

今回この記事を書いていて、以前フランスでヒッピーの友人宅にお邪魔した際、自分で作成したお酒を何本も味見させてくれた事を思い出しました。

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庭には何種類もの食用植物が育てられており、彼も自然が大好きです。

自給自足生活ってヒッピーから学ばせてもらう事が多いなぁとしみじみ。

恋人をシェア?

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また、旅先で出会ったドイツ人4人のヒッピーカップルは、堂々と恋人を交換していておったまげました。

なんだかんだその4人とは2日間モロッコを一緒に旅をしたのですが、、、

あれ、さっきあの子があの男の子とキスしてたよね?

え??今付き合ってない方の2人がキスした??

今はこの子が彼女になってる??

と私も彼も目が点でした(笑)

もしかして、私達もそのうち誘われるのかなぁ??と怯えながらも、そんなことは無く、平和に時は過ぎました!

見てる方は、どっちが本物のカップルなのかわからなくなるくらい複雑な関係で、思わず笑っちゃうくらいです。

彼ら2組のカップルはお互い正式に付き合ってるけど、4人で旅しながらちょくちょく恋人を交換しているようで、なんとも興味深い旅の仕方。

隠れて行われる浮気や不倫と、合意の上で他の人と関係を結ぶのは訳が違います。

刺激が強くてあまり深入りはできませんでしたが、4人とも幸せそうだったので良しですね♪

これについても調べると、日本でも恋人をシェアするカップルは稀にいるようで『ポリアモリー』と呼ばれるようです。
1対1の関係の場合、関係の安定を好み、お互いの気持ちが変わらないことが大切にされます。
他方、ポリアモリーの場合は、気持ちが変化し続けながらもその他の相手との兼ね合わせで持続的な関係を築けるケースも多くみられるようです。

 

ヒッピーが集まる場所

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現在でも、世界各地にヒッピータウンがありますね。

私達も訪れた事がありますが、とにかく独特な空気が流れていて興味深いです。

世界のどこの地域にヒッピーが集まるのかウィキペディアで調べてみたところ、、、

北米
ニューヨーク グリニッジ・ヴィレッジ
カリフォルニア(アメリカ西海岸) – 現在でもヒッピーが多い。
サンフランシスコ – 米国におけるヒッピームーブメントの中心地。
ヘイト・アシュベリー(Haight-Ashbury) – 1960年代にヒッピーが多く集まった街。

ヨーロッパ
アムステルダム(オランダ)
イビサ(スペイン、地中海に浮かぶ島)
コペンハーゲン(デンマーク) – ヨーロッパ最大のヒッピーによる無政府主義国家クリスティアニアがある。
オセアニア
バイロンベイ(Byron Bay) (オーストラリア東海岸)

アジア
カトマンズ(ネパール) – 俗にヒッピー三大聖地の一つ。
カーブル(アフガニスタン) – 俗にヒッピー三大聖地の一つ。
ゴア(インド西海岸) – 俗にヒッピー三大聖地の一つ、バックパッカーの沈没地、レイヴ、ゴアトランスでも有名。
カオサン通り(タイ) – 重慶大厦とおなじくバックパッカーの聖地として有名。
パンガン島 – Full Moon Partyが行われ、ヒッピーの聖地とされている。
重慶大厦(香港) – バックパッカーの聖地として知られる。

日本
長野県諏訪郡富士見町 – 日本のヒッピー文化の発祥の地

新宿 – 1960年代にヒッピーによく知られた喫茶店風月堂が新宿東口に存在した。

国分寺 – かつてヒッピーコミューンが存在し、「ほら貝」という店は国際的拠点でもあった。現在でもナチュラル系の店舗が多い。

西荻窪 – 短期間に終わった国分寺コミューンの崩壊後、ヒッピーらは主に中央線沿線各地に散らばっていった。
その拠点のうちの一つに西荻窪の「ほびっと村」がある。

滋賀県高島郡朽木村 – かつてヒッピーコミューンが存在し、2010年代の現在でもかつてのヒッピー文化を彷彿とさせるイベントが開催されている。

京都 – ゲーリー・スナイダーら欧米からのヒッピーが多く居住し、ほんやら洞、京都大学西部講堂、磔磔などヒッピー文化の本拠地が多くあった。

鹿児島県諏訪之瀬島 – 山尾三省、ななおさかきやゲーリー・スナイダーら、コミューン「部族」が集団移住し、1960年代末~1970年代にかけてヒッピーの聖地とされた。

鹿児島県大島郡宇検村 – 諏訪之瀬島に住んでいたヒッピーが1973年、東亜燃料工業(後の東燃ゼネラル石油)による宇検村の技手久島の石油備蓄基地建設計画を知り、反対運動に加わるため作ったコミューン「無我利道場」が1989年まで存在した。

が出てきました!

海外ではよくヒッピーを見かけますが、日本にこんなにも多くのヒッピー関連の場所がある事に驚きました!!!

 

最後に

いかがでしたでしょうか?

私は日本を出るまでヒッピーの存在を知りませんでしたが、海外ではよく出会うので親しみが湧いています。

是非、今後海外へ出かける際、近くにヒッピータウンがありましたら、是非覗いてみて下さい^^

想像以上に平和で独特の空気感がありますよ~!

本日も最後までお読みいただきありがとうございました!

 

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